BJYの備忘録
千葉県東総でアマチュア無線を楽しんでいます。 以前は九十九里エリアでお手軽移動運用がメインでした(UHF)。 コロナ禍以降は固定運用がメイン(HF)。 実家(東京八王子市)からも時々QRVしています。
カテゴリー「未分類」の記事一覧
- 2021.11.03 第39話:うれしいニュース
- 2021.03.22 第18話:東総への想い -(2)子供の頃の記憶-
- 2020.12.01 第8話:ゾロ目
- 2020.11.08 第7話:東総への想い ーユカをよぶ海ー
- 2020.11.03 第1話:はじめまして
第39話:うれしいニュース
少し遅い記事でスミマセン。
10/29に、プロ野球の元選手、新庄剛志さんが日本ハムの監督に就任したという
ニュースが飛びこんできました。昨年の突然のNPBトライアウト挑戦から1年、
ファンから常に待望されていた日本球界への復帰が叶った形となりました。
私自身は、小さい頃から親父の影響で、東京に住んでいながら阪神ファンであり、
社会人になってからは関根監督が率いるヤクルトファンでしたので、現役時代の
新庄選手は大好きなプレーヤーの一人でした。
その新庄選手がメジャーリークで活躍され、再び北海道で日本ハムを優勝に導き、
引退後の長い沈黙ののち、昨年突然日本プロ野球に挑戦を挑んだことは、驚きを
隠せないと同時に、そのチャレンジャー精神に自分自身も大いに励まされました。
今回、監督就任に際して、新庄さんご自身のSNSで、次の言葉を述べられました。
既に多くの人がご存じですので、繰り返しになってしまいますが、ご了承ください。
『プロ野球の存在意義は、そこの街に住む人達の暮らしが少しだけ彩られたり、
単調な生活を少しだけ豊かにする事に他なりません』
嬉しくて、涙が出そうです。
まさにその通りです。今のコロナ禍の時代にピッタリ当てはまる言葉だと思います。
昨今の状況は、誰誰が大成功したとかのサクセスストーリーも、何かでっかいことを
やってみせるといった意気込みも、何もないよりはましですが、多くの人にとっては
それよりも、「単調で色褪せた暗い生活が、少しでも明るく豊かになったらいいなあ」
と望んでいるのが本音だと思います。
新庄さんは、「プロ野球の存在意義は…」と前置きしていますが、この言葉はどんな
世界にも同じことが言えますので、私はあえて、「アマチュア無線の存在意義は」と
置き換えて、低迷しているアマチュア無線界への啓発の言葉としたいと思います。
こんな珠玉のセリフが、さりげなく自分の言葉で出てくる新庄さんは、指導者と
しても、一個人としても、人格者だと思います。
来年は、日本ハムを応援するかどうかは微妙ですが、新庄監督は間違いなく応援します!
10/29に、プロ野球の元選手、新庄剛志さんが日本ハムの監督に就任したという
ニュースが飛びこんできました。昨年の突然のNPBトライアウト挑戦から1年、
ファンから常に待望されていた日本球界への復帰が叶った形となりました。
私自身は、小さい頃から親父の影響で、東京に住んでいながら阪神ファンであり、
社会人になってからは関根監督が率いるヤクルトファンでしたので、現役時代の
新庄選手は大好きなプレーヤーの一人でした。
その新庄選手がメジャーリークで活躍され、再び北海道で日本ハムを優勝に導き、
引退後の長い沈黙ののち、昨年突然日本プロ野球に挑戦を挑んだことは、驚きを
隠せないと同時に、そのチャレンジャー精神に自分自身も大いに励まされました。
今回、監督就任に際して、新庄さんご自身のSNSで、次の言葉を述べられました。
既に多くの人がご存じですので、繰り返しになってしまいますが、ご了承ください。
『プロ野球の存在意義は、そこの街に住む人達の暮らしが少しだけ彩られたり、
単調な生活を少しだけ豊かにする事に他なりません』
嬉しくて、涙が出そうです。
まさにその通りです。今のコロナ禍の時代にピッタリ当てはまる言葉だと思います。
昨今の状況は、誰誰が大成功したとかのサクセスストーリーも、何かでっかいことを
やってみせるといった意気込みも、何もないよりはましですが、多くの人にとっては
それよりも、「単調で色褪せた暗い生活が、少しでも明るく豊かになったらいいなあ」
と望んでいるのが本音だと思います。
新庄さんは、「プロ野球の存在意義は…」と前置きしていますが、この言葉はどんな
世界にも同じことが言えますので、私はあえて、「アマチュア無線の存在意義は」と
置き換えて、低迷しているアマチュア無線界への啓発の言葉としたいと思います。
こんな珠玉のセリフが、さりげなく自分の言葉で出てくる新庄さんは、指導者と
しても、一個人としても、人格者だと思います。
来年は、日本ハムを応援するかどうかは微妙ですが、新庄監督は間違いなく応援します!
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第18話:東総への想い -(2)子供の頃の記憶-
私が東京で小学生だった頃、つまり50年ぐらい前の話です。
今ではあまり見かけなくなった光景ですが、
はるばる千葉から、野菜売り(行商)のおばちゃんが、毎日のようにやって来ました。
総武本線や京成線には、早朝の行商専用列車もあったそうで、
電車の車内は、自分の体重以上に野菜を満載した大きな籠を背負った、
行商のおばちゃん達であふれていたとの事です。
当時は東京の街中でも、このような人達の姿を良く見かけたものです。
(ネットで多くの写真が見つかりますので、興味ある方はぜひ見てみてください)
うちに来ていたおばちゃんは、まさに写真に見るように、頭巾に手拭い、もんぺ姿。
背中に巨大な籠を背負い、午後、帰り道の途中なのか、野菜を売るだけでなく、
母や近所の人たちと、よく世間話をしていました。
その話の内容から、「省線に乗って千葉から来ている」ことが分かりました。
(省線とは、JR(国鉄)の鉄道省時代の俗称。なので総武本線だと思われます)
家のすぐ前には八百屋があり、野菜はいつでも手に入るのに、母はあまりお店では
野菜を買わずに、もっぱら行商のおばちゃんが来るのを楽しみにしていました。
母も農家の出身でしたから、こうやってわざわざ遠くからやって来る姿に、
想いを寄せていたのかもしれません。
そんな苦労も知らずに、私は母がこさえた野菜炒めを「またキャベツかあ」と
言っていたような気がします。
今考えると、本当にバチあたりでしたね。
そして今...
ここのご近所にも、農家のおばあちゃんが何人もいらっしゃいます。
皆さん、まだ現役で畑仕事をされ、お元気そうでなによりです。
この方たちが、はたして若い時分に東京に行商に行ってたかどうかは分かりませんが、
年齢を考えると、その可能性はゼロではありません。
もしかしたら、小さい頃の自分と会っていたかもしれない...
そう考えると、胸に熱いものがこみ上げてくるものがあります。
今ではあまり見かけなくなった光景ですが、
はるばる千葉から、野菜売り(行商)のおばちゃんが、毎日のようにやって来ました。
総武本線や京成線には、早朝の行商専用列車もあったそうで、
電車の車内は、自分の体重以上に野菜を満載した大きな籠を背負った、
行商のおばちゃん達であふれていたとの事です。
当時は東京の街中でも、このような人達の姿を良く見かけたものです。
(ネットで多くの写真が見つかりますので、興味ある方はぜひ見てみてください)
うちに来ていたおばちゃんは、まさに写真に見るように、頭巾に手拭い、もんぺ姿。
背中に巨大な籠を背負い、午後、帰り道の途中なのか、野菜を売るだけでなく、
母や近所の人たちと、よく世間話をしていました。
その話の内容から、「省線に乗って千葉から来ている」ことが分かりました。
(省線とは、JR(国鉄)の鉄道省時代の俗称。なので総武本線だと思われます)
家のすぐ前には八百屋があり、野菜はいつでも手に入るのに、母はあまりお店では
野菜を買わずに、もっぱら行商のおばちゃんが来るのを楽しみにしていました。
母も農家の出身でしたから、こうやってわざわざ遠くからやって来る姿に、
想いを寄せていたのかもしれません。
そんな苦労も知らずに、私は母がこさえた野菜炒めを「またキャベツかあ」と
言っていたような気がします。
今考えると、本当にバチあたりでしたね。
そして今...
ここのご近所にも、農家のおばあちゃんが何人もいらっしゃいます。
皆さん、まだ現役で畑仕事をされ、お元気そうでなによりです。
この方たちが、はたして若い時分に東京に行商に行ってたかどうかは分かりませんが、
年齢を考えると、その可能性はゼロではありません。
もしかしたら、小さい頃の自分と会っていたかもしれない...
そう考えると、胸に熱いものがこみ上げてくるものがあります。
第7話:東総への想い ーユカをよぶ海ー
それは、遡ること50数年前、1冊の本がきっかけでした。
小学校の入学直後のことだったと思います。
姉が持っていた、「ユカをよぶ海」という漫画の単行本を見せてもらいました。
当時はまだ漢字が読めませんから、姉に読んで聞かせてもらったのかもしれません。
その中に、なぜか不思議に、最後の1シーンだけが印象的に、ずっと頭の中に
記憶として残っていました。
それは、主人公のユカという女の子が、最後にお父さんと暮らした、海辺の崖の上の家。
これを読んだ当時は、それがどこなのかも知らず、ただ漠然と、脳裏に焼き付いていました。
そして社会人になり、慌ただしい毎日を過ごすようになった頃、ふと、この漫画をもう一度
読みたくなって、古本屋で全4巻を購入しました。
第4巻の最後のページ・・・、そこには、まさしく幼い頃に見た、あの1シーンがありました。
物語の場所は、千葉県の飯岡ということも初めて分かりました。
地図で調べてみると、千葉の東、銚子にほど近い所らしいです。
どんな処だろう・・・と、段々行って見てみたくなりました。
そして10年ほど前の6月、勤務先の引っ越しで4日ほど予定外の休みが貰えることになり、
家族からのOKも得て、思い切ってかの地に出かける事にしました。
東関東道を一路東へ、途中、冨里で降りて休憩した後、そのまま更に東へ、、、
着いたのは、匝瑳市の野手浜という所でした。
ここで、しばらくの間、九十九里浜を見ながら好きな無線を楽しんだ後、目指す刑部岬へ。
県道30号線を北上し、飯岡町にさしかかった時でした。
夕刻だったのと、少し霧がかっていたこともありますが、
突然眼前に現れたのは、黒い大きな陰影の切り立った崖!
これが、刑部岬との初めての出会いでした。
後でわかったことなのですが、
旭市内から飯岡バイパス経由で来る分には、特に変哲がない感じの岬なのですが、
海沿いの道を北上して見える岬は、実物以上に大きく感じ、一種の威圧感があります。
こうして、何回もこの地を訪れるようになり、観光地化されていない素朴な静かさが
自分の肌に合うと感じ、ついにこの地に近い場所に住処を構える事にしました。
「ユカをよぶ海」の背景
この漫画は、ちばてつや氏が昭和34年(*)に描いた作品で、飯岡町が物語の舞台になっています。
当時、若い漫画家の多くが少女漫画を手掛けており、この作品もその中の1つになります。
ちばてつや氏は、父方の故郷である飯岡に1年ほど住まわれていたそうですが、この作品では
その短い期間とは裏腹に、郷土愛とも思えるくらいに飯岡の事が描かれています。
飯岡灯台、海っ子山っこ、総武本線のトンネル・・・具体的な地名は書かれていませんが、
読めばすぐにここだと分かる所ばかりです。
また、描写のところどころで、銚子、旭、猿田などの地名が見えます。これを郷土愛と呼ばず
して何と呼ぶのでしょう。
ちば氏自身も、「ユカをよぶ海」は思い入れのある作品です、と語っておられます。
ユカをよぶ海(虫プロ)

飯岡駅
トラックに「銚子」の文字
飯岡、猿田、旭
刑部岬(と思われる)ユカがお父さんと暮らした所
(*)昭和34年の間違いでした。訂正しました。
小学校の入学直後のことだったと思います。
姉が持っていた、「ユカをよぶ海」という漫画の単行本を見せてもらいました。
当時はまだ漢字が読めませんから、姉に読んで聞かせてもらったのかもしれません。
その中に、なぜか不思議に、最後の1シーンだけが印象的に、ずっと頭の中に
記憶として残っていました。
それは、主人公のユカという女の子が、最後にお父さんと暮らした、海辺の崖の上の家。
これを読んだ当時は、それがどこなのかも知らず、ただ漠然と、脳裏に焼き付いていました。
そして社会人になり、慌ただしい毎日を過ごすようになった頃、ふと、この漫画をもう一度
読みたくなって、古本屋で全4巻を購入しました。
第4巻の最後のページ・・・、そこには、まさしく幼い頃に見た、あの1シーンがありました。
物語の場所は、千葉県の飯岡ということも初めて分かりました。
地図で調べてみると、千葉の東、銚子にほど近い所らしいです。
どんな処だろう・・・と、段々行って見てみたくなりました。
そして10年ほど前の6月、勤務先の引っ越しで4日ほど予定外の休みが貰えることになり、
家族からのOKも得て、思い切ってかの地に出かける事にしました。
東関東道を一路東へ、途中、冨里で降りて休憩した後、そのまま更に東へ、、、
着いたのは、匝瑳市の野手浜という所でした。
ここで、しばらくの間、九十九里浜を見ながら好きな無線を楽しんだ後、目指す刑部岬へ。
県道30号線を北上し、飯岡町にさしかかった時でした。
夕刻だったのと、少し霧がかっていたこともありますが、
突然眼前に現れたのは、黒い大きな陰影の切り立った崖!
これが、刑部岬との初めての出会いでした。
後でわかったことなのですが、
旭市内から飯岡バイパス経由で来る分には、特に変哲がない感じの岬なのですが、
海沿いの道を北上して見える岬は、実物以上に大きく感じ、一種の威圧感があります。
こうして、何回もこの地を訪れるようになり、観光地化されていない素朴な静かさが
自分の肌に合うと感じ、ついにこの地に近い場所に住処を構える事にしました。
「ユカをよぶ海」の背景
この漫画は、ちばてつや氏が昭和34年(*)に描いた作品で、飯岡町が物語の舞台になっています。
当時、若い漫画家の多くが少女漫画を手掛けており、この作品もその中の1つになります。
ちばてつや氏は、父方の故郷である飯岡に1年ほど住まわれていたそうですが、この作品では
その短い期間とは裏腹に、郷土愛とも思えるくらいに飯岡の事が描かれています。
飯岡灯台、海っ子山っこ、総武本線のトンネル・・・具体的な地名は書かれていませんが、
読めばすぐにここだと分かる所ばかりです。
また、描写のところどころで、銚子、旭、猿田などの地名が見えます。これを郷土愛と呼ばず
して何と呼ぶのでしょう。
ちば氏自身も、「ユカをよぶ海」は思い入れのある作品です、と語っておられます。
ユカをよぶ海(虫プロ)
飯岡駅
トラックに「銚子」の文字
飯岡、猿田、旭
刑部岬(と思われる)ユカがお父さんと暮らした所
(*)昭和34年の間違いでした。訂正しました。
プロフィール
HN:
hezhi
性別:
男性
自己紹介:
無線と自然と夜空の星をこよなく愛するアナログおやじです。
アマチュア無線は学生時代からやっていますが、最近ではUHFの
移動運用に加えてHFのDX(Digital Mode)の面白さにハマっています。
My HF DX status (2021-0101 to 2026-0220) (FT8)
WAC
160m : remain SA, AF
80m-10m : completed
WAZ (cfm/wkd)
mixed : 39/40
160m : 14/
80m : 31/
40m : 38/
30m : 38/
20m : 36/
17m : 38/
15m : 37/
12m : 36/
10m : 37/
WAS (cfm/wkd)
mixed : 50/50
160m : 7/
80m : 37/
40m : 47/48
30m : 46/46
20m : 50/50
17m : 50/50
15m : 50/50
12m : 50/50
10m : 50/50
DXCC (cfm/wkd)
mixed : 214/243
160m : 13/14
80m : 95/112
40m : 151/173
30m : 138/161
20m : 144/170
17m : 138/163
15m : 154/172
12m : 129/152
10m : 145/164
DXCC Challenge (cfm) : 1113
アマチュア無線は学生時代からやっていますが、最近ではUHFの
移動運用に加えてHFのDX(Digital Mode)の面白さにハマっています。
My HF DX status (2021-0101 to 2026-0220) (FT8)
WAC
160m : remain SA, AF
80m-10m : completed
WAZ (cfm/wkd)
mixed : 39/40
160m : 14/
80m : 31/
40m : 38/
30m : 38/
20m : 36/
17m : 38/
15m : 37/
12m : 36/
10m : 37/
WAS (cfm/wkd)
mixed : 50/50
160m : 7/
80m : 37/
40m : 47/48
30m : 46/46
20m : 50/50
17m : 50/50
15m : 50/50
12m : 50/50
10m : 50/50
DXCC (cfm/wkd)
mixed : 214/243
160m : 13/14
80m : 95/112
40m : 151/173
30m : 138/161
20m : 144/170
17m : 138/163
15m : 154/172
12m : 129/152
10m : 145/164
DXCC Challenge (cfm) : 1113
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